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院長挨拶


院長 院長 執行正人(しし座)

院長挨拶
私はいわゆる二世の歯科医師(歯科医の息子)ではありません。
子供の頃はミソッ歯だらけのちょっと引っ込み思案の男の子でした。 中学生の頃、あまりの歯の痛さに意を決して近所の歯医者さんで治療してもらいました。
そこの先生は私の父の友人で特別気を使ってくれたのか、今思うと治療自体はさほど痛くはなかったのですが、当時の器械のあの音・振動・くすりの臭いに地獄を味わったような気がしました。
その結果、当然歯医者嫌いになりました。


その私が歯科医の道に進んだ経緯はともかく、私が「歯科医になってよかった」と思う理由はたくさんあります。
歯科医としての社会的地位や経済的な理由からではなく、
「患者様に感謝されると喜びとやり甲斐を感じる」ことが一番です。

でもここで私が皆様方に声を大にして訴えたい最大の理由は、

「歯科医になったおかげで50代になった現在まで自分(私自身)の健康を維持できている!」ことです。
入院歴はなし、また自身の体調不良で休診にしたことは25年の開業歴でただの一度もありません。
(若い頃は二日酔いで、最近では骨折で半日休んだことはあります)。

もちろんこの健康体を与えてくれた両親に大いに感謝しています。

でも今では
こんな健康体でいられる最大の理由は私が歯科医になったからに他ならないと確信しています。
その理由についてお話ししたいと思います。
私の子供の頃は口腔衛生の観念もプアな時代で私も母親から歯磨きをうるさく言われたことはなく、
「虫歯になるのは当たり前、痛くなったら歯医者に行く」という時代でした。

そんな私も何の因果か歯科医師になるべく歯学部に進むことになりました。専門課程(大学3年生)に進んだ時、新米歯科医の先輩に中学生の時受けた治療をすべてやり直してもらいました。
その時以来自分の口の中の大がかりなオーバーホールはしていません。現在私の口の中では28本の歯が健在です。親知らず以外は1本の欠損もなくすべての歯が揃っています。

それはこんな不精な私でも(通常は一日二回しか歯を磨きません)
一般の人たちよりは歯についての意識がチョットだけ高かったからだと思います。
おかげで中学校の時以来この歳まで口の中のトラブルを感じたことはありません。
およそ食べ物と名の付くものなら何でも咬むことが出来ます。好き嫌いもありません。
これは子供の頃の母親のおかげと感謝しています。

こんな私のような歯科医ではいろいろなお口の悩みを抱える患者様の痛みがわからないではないかと
思われるかもしれません。
しかし私は歯科医であるからこそ健康人が当たり前のこととして気にもとめない
“おいしくたべられること”の大切さと幸せを一般の人たち以上に感じているのです。
そしてこの最終目標の“おいしくたべる”ためのお手伝いをする歯科医師という仕事に
生き甲斐とやり甲斐を感じて日々精進している次第であります。

ほんのチョットの知識と“あなただけの歯”への思いやりで・・・このよろこびをあなたにも・・・


デリック歯科 院長 執行正人



プロフィール

 出身大学 line  東京歯科大学 (第81期)  第81期というと学校ができてから81年目の卒業生ということです。  でも卒業年度は1976年、日本で一番古い歯科の学校なのです。  卒業からもう30年以上経ってしまいました。  私の年齢?推して知るべし!…でもまだまだ若々しいと自分では思っています。  歯科医師の道を選んだ理由 line  大変お恥ずかしい話ですが、とっても不純。  恥をしのんでお話します。  予備校時代の下宿の友達が歯医者の息子で歯学部志望。  「じゃあー、オレも」と軽い気持ちで受験した結果です。  でも今では天職と思っています。アイツに感謝!  大学生時代 line  「キミは背が高いから…」とスカウトされバレーボール部へ。  当時としては高いほう?…ではありました。 でも「身長174センチくらいで期待されたら荷が重い…   そんな程度のクラブ?」と思うと辛い練習がいっそうつらくなり、1年で退部。  その後は当時流行の“受験生ブルース”を地で行くマージャン狂いの大学生。  でも何とか留年せずに6年で卒業しました。  勤務医時代 line  学生から急にエライ先生に。医師が優遇されていた古き良き時代でした。  でもあのおごりは今は謙虚に反省しています。  勤務医の傍ら、北大歯学部の研究生として研鑽。  まだまだ20代後半、若さが抜けない、仕事に情熱を持てる時代ではありませんでした。  診察室開院 line  1980年、診療室を開院し、一国一城の主となりました。  開業と同時に仕事に対する意欲が急激に高まり、歯科医学の勉強が楽しくなりました。  特に歯科補綴学(入れ歯や被せ物について)を真剣に勉強しました。  その後、口腔外科、特に手術学勉強の必要性を感じ、豚の顎骨を使い、手術手技を磨きました。  これが現在私のインプラントの基礎と自信になっています。  週末はあちこちセミナーに出かける日々が続きました。  1990年 医療法人 博和会設立 line  この頃から積極的にインプラントを自分の臨床に取り入れ、現在に至っています。  現在は  医療法人社団博和会 理事長  デリック歯科 院長  ときわプロケア歯科クリニック 顧問  さっぽろプロケア歯科クリニック 顧問(2015年)  を勤めさせていただいております。